大リーグマニアも知らない。大谷翔平、山本由伸が移籍したドジャースが、1995年8月にドジャースタジアムで起こしたやばい没収試合について記載します。
ドジャースタジアムでの没収試合
28年前、当時トルネード投法で活躍中の、野茂英雄投手が登板した試合での出来事です。
判定をめぐって審判と、ラソーダ(当時)監督が大口論となります。
ラソーダ監督は「ゲット・アウト」退場宣告を受けます。
気持ちの収まらないラソーダ監督は、わめき続けます。
三塁側スタンドに向かったラソーダ監督は、ファンにボールを球場に投げ入れる様に催促します。
審判団に向かって何千個ものボールが球場に投げ込まれ、試合が中断しました。
なぜボールが
当日、ドジャースタジアムでは恒例のボールナイトというサービスデーでした。
野茂のサインボールがファンに配られていました。
そのボールが審判にむかって投げ込まれ、凶器となり、試合を中断させてしまったのでした。
なぜ没収試合に
試合当日、審判の判定にファンは憤っていました。
打線がつながらないフラストレーションにファンのイライラが爆発。
球場全体を興奮のるつぼと化すウエーブが起きます。
4階席では靴で地面をたたき、それがスタンドを揺るがす地響きとなります。
極め付けが、ラソーダ監督が促した球場へのボール投入の催促。
7回裏と9回裏にボールが投げ込まれ、9回裏に審判団が「没収試合」を宣言したのでした。
米大リーグでも16年ぶりの珍事となりました。
没収試合とは
規則違反のために、球審が試合終了を宣告して過失のないチームに勝ちを与える試合をいいます。
「試合続行の拒否」、「反則行為の繰り返し」、「選手が9人そろわない」、などがあります。
今回の場合、球場の秩序が完全ではなかったために試合再開に支障ありと認められ、主催球団ドジャースの秩序維持不能で試合を没収されました。
試合が成立していない場合や勝ちを宣告されたチームが負けている場合、あるいは同点のときにスコアは9対0となります。
その時、野茂投手は
野茂は、ドジャースタジアムで土つかずの6連勝を続けていました。
しかし、今回の珍事で初黒星を期してしまったのです。
それも、負け投手を免れる可能性を残したままでの敗戦でした。
「ロスのファンで勝たせてもらっていた」が野茂の口癖でした。
しかし、この日ばかりは「投げた人の気持ちが分からない。あれだけヤマほどボールがあったら…」とあきれた表情だったそうです。
ラソーダ監督(当時)はどんな人
ドミニカ共和国のウィンター・リーグ時代のラソーダ監督。
判定をめぐって審判と大口論。
「もうお前(審判)好きにしろよ」。
バット、ボールをグランドに投げ込み、ユニホームを脱ぎ捨て、上半身裸になり怒りまくりました。
しかし、当時のドミニカには「公衆の面前で裸になってはいけない」という軽犯罪法があり、ラソーダ監督は試合後、留置場送りになりました。
そんなラソーダ監督の口癖は、「私にはドジャースブルーの血が流れている」だったそうです。
日本人記者の質問に答えた、ラソーダ監督の言葉
野茂は努力もあったが、適応力が素晴らしい。
適応力とは生まれ持った才能なんだ。
大リーグのレベルが落ちたわけではない、ノモがドジャースに20年前に入っていても十分にやっていただろう。
ノモと初めて交わした言葉は”パスタは好きか?”だった。
私と話したいヤツはパスタが好きじゃないと、ダメなんだ。
パスタが好きなヤツに悪いヤツは少ないぞ。
ノモのあのフォームは個性があっていい。
見ている物をワクワクさせてくれる。
ノモはあまり話さないというマスコミもいるけど、彼は本当に楽しい男なんだ。
言葉の障害があるし、日本には自分達のリーグが存在しているから日本人選手はもう来ないと思う。
ノモが来たのは監督と球団との行き違いや、彼が昔からメジャーでプレーしたいとの思いがあったし、来なければならなかった事情があったから、メジャー入りしたと思っている。
日本人選手にこだわりはない。
ドジャースは世界中から選手を獲得して成功している球団だ。
歴代所属日本人選手
- 16, 10 野茂英雄(1995 – 1998、2002 – 2004)
- 17 石井一久(2002 – 2005)
- 60 木田優夫(2003 – 2004)
- 66 中村紀洋(2005)
- 44 斎藤隆(2006 – 2008)
- 18 黒田博樹(2008 – 2011)
- 18 前田健太(2016 – 2019)
- 21 ダルビッシュ有 (2017)
- 28 筒香嘉智 (2021)
- 17 大谷翔平(2024 – )
- 18 山本由伸 (2024 – )
まとめ
ドジャースは、2012年にオーナーがグッゲンハイム・グループに替わり2014年以降は全30球団中1位の総年俸を維持している金満球団です。
「ドジャースは世界中から選手を獲得して成功している球団だ」、というラソーダ元監督の言葉どおり、メキシコ、韓国、日本、ドミニカ共和国、などの選手が活躍した多国籍球団です。
大谷翔平選手以前には、野茂英雄選手以降8名の日本人選手が所属しました。
大谷翔平選手がこのドジャースを移籍先に決めたのも納得がいきます。
しかし、過去にはこんな珍事を起こした面白いチームでもあるのです。